9月の読書メモ2021年09月23日 12:12

室内は29度、外は32度、暑い秋分の日
  心淋し川   西條奈加  集英社  1600円  2020年 9月10日
江戸の片隅で 貧しい長屋暮らしをする 人々の 来し方と行く末を 静かに 書き留めている。
貧しいゆえの お互いに親身な 寄り添い合う 姿に 心を打たれる 。
六編の短編からなる 一冊だが 最後の「灰の男」で それぞれ の 将来 が 垣間見えると共に 女たちのたくましさに 少し希望が 沸く。
「 心淋し川」 のちほは
博打と酒に溺れる父と、愚痴を言い続ける母に嫌気がさし、 いち早く所帯を持って出て行った姉を羨んでいる。できるだけ早くこの場所から出ていきたい一心で針仕事をしている。
「閨 仏」 は 、「六兵衛旦那のろくでなし長屋」と陰口を叩かれている ところに、 二十歳で妾にもらわれた りきと、四人の醜い妾の日々。りきは、旦那が持っていたハリボテに仏を彫り、それが縁で仏師とも知り合う。
「始めましょう」 は、四文屋という 小さな飯屋を営んでいる与吾蔵と、根津権現で出会った娘のゆかと、その母 のるい。偶然とはいえ、るいは以前に与吾蔵が、理不尽な嫉妬の末に捨てた女だった。
「冬虫夏草」 は、もとは高鶴屋のおかみの吉と、一人息子の富士之助。 全身不随となった富士之助が朝から晩まで毎日 酒を飲みながら母親を罵る 。長屋の皆が気にしていた。 吉の母としての 執着の深さが二人を不幸にして 周りも落ち着かない気持ちにさせる。
「 明けぬ里 」は、 根津の遊郭から身請けされた、基の強いようと 酒びたりの亭主との諍いが続く毎日 。そこで昔の 遊郭で一番人気 だった先輩の明里に偶然出会う。
ようと明里との対比が切ない。
「灰の男」 これまでの短編がこの最終章で それぞれの まとまりを見せる。
この 吹き溜まりのゴミ箱のような場所に住む人々を 12年も見守ってきた差配の 茂十。
実は盗賊治郎吉に愛息を殺され、その盗賊の居場所を知って、たった一人で見張り、捕まえようとしていたのだ。
近所の人から情けを受けて生きている、ボケてもの乞いをしている楡爺と呼ばれる 男こそ、18年前から追っていた、盗賊 次郎吉だった。また、その時たまたま息子に切られた次郎吉の手下は、名乗れないまま手下にした次郎吉の息子だった。
生きていくことは、理不尽なことばかりだが、その中にいくらかの優しさや愛情を抱えて人は生き続ける。女の人たちの心の強さが読後に残る。

  氷獄  海堂尊  角川文庫  720円  令和3年7月25日  
双生、星宿、黎明、氷獄の4編からなる。
双生では、田口先生と研修に来た双子の美人姉妹、すみれと小百合。あの碧翠院桜宮病院が実家なのだと聞くと、ああと思う。
星宿では、東城大学医学部付属病院の別棟、猫田師長。オレンジ新棟屋上のプラネタリウムが、手術を拒否している少年亮に、南十字星を見せるために稼働する。膨大な電力を補填するために、白鳥技官まで駆り出す大プロジェクトとなる。
「南十字性の4番目の星、情けないデルタ星にも意味はあるんですか」
「もちろんだ。どんなに暗くてもそこにあることが大切なんだよ。その星がなければ南十字性も消滅してしまう。でもそれは星自身には何の意味もない。 お前がそこにいれば星座ができるかもしれない。でもそれは自分には分からない。 お前の意味は周りの人間が決めることだ。お前にできるのは置かれた場所で、せいいっぱい輝き続けることだけだ」
という下りは、生きる意味を求める人には心強い応援だと思う。
この黎明は、ホスピスのあり方を考えさせられる。末期がん患者は、本人が望めば、痛みのコントロール程度で、あとは延命治療はしないで、看取り体制に入る。
このとき、元気なときと、弱ったときでは、患者は心が変わることが多い。
手術や抗がん剤に耐えられないなら、民間療法や、ご利益のある水、サプリを摂取するなど、患者の周りの人も一縷の望みをいろいろなものに頼りたくなる。
田口医師との面談のあと、末期のすい臓がんと診断された千草が入所する。厳しい黒沼師長と、優しい対応がしたい若月看護師との葛藤から、末期がん患者の持つべき希望とは、と考えさせられる。私の勤めていた法人の特養、ホスピスには、そのためにチャプレンがいた。
キリスト教系なので、こういう点では、葛藤が少ないかもしれない。

表題の氷獄は、あのチームバチスタの事件から2年、殺人犯の氷室に国選弁護人としてついた新人弁護士の日高正義、田口先生、藤原看護師、白鳥技官、別宮記者、、、
氷室は死刑判決、そして、あの極北大の産婦人科部長三枝が無罪を勝ち取る。日高正義が弁護士資格を得た2004年から2019年の4月までの回顧録だ。
今までのたくさんの物語が、少しづつ後日談として明らかにされ、読者としてのマニアックな楽しみを存分に楽しめる。いつもの海棠尊の意見が十分に反映されている ところも 読み応えがある。
正義なんてない。 人の防衛本能の方が社会正義より強い。
と、小さな正義は へそ曲がりの 中にあのだ、四角四面に突き進めると 弱い者に救いがなくなるのだと日高は思う。
日高弁護士の言葉を借りて、
「未来の利益を先食いして、現在の好景気を謳歌しようという、自己破産体質の政策を、3周遅れで採用した日本は、若者の未来の稼ぎを前借りして米国に貢ぎつつ、自分のお友達だけに大盤振る舞いすることで、見せかけの栄華を誇っている。
来夏にはこの国の首都はオリンピックという馬鹿騒ぎ一色に染め上げられ、それを花道に国民の未来を食いつぶした売国奴は悠々と引退するのだろう。
この国の未来展望のなさにはつくづく絶望してしまう。」
と言わせている。
今はそのオリンピックが終わったのだが、売国奴はまだまだ大勢うごめいている日本に、次期総理の座を巡って茶番が繰り広げられていることを、またどこかで書いてくれるだろうと思う。私達には絶望しかないとは思いたくないのだが、、


  無理ゲー社会  橘玲  小学館新書  924円  2021年 8月3日
初めに  「苦しまずに自殺する権利」を求める若者たち
Part 1 「自分らしく生きるという呪い」
1,「君の名は、」と特攻
2,「自分探し」という新たな世界宗教
Part2 知能格差社会
3, メリトクラシーのディストピア
4, 遺伝ガチャで人生が決まるのか ?
Part3  経済格差と性愛格差
5, 絶望から陰謀が生まれるとき
6, 「神」になった「非モテ」のテロリスト
Part 4  ユートピアを探して
7, 「資本主義」は夢を実現するシステム
8, 「より良い世界」を作る方法
エピローグ 「評判格差社会」という無理ゲー
あとがき 才能ある者にとってはユートピア それ以外にとってはディストピア
 昨今の「親ガチャ」,「子ガチャ」、という身も蓋もない言葉の語源になってしまった。
橘氏がいいたいことは、目次を読んだだけで察することができる。
彼は様々なデータを集めて、私達が心のなかでうすうす思っていたこと、不都合な真実を書いている。
つまり、殆どのことは「遺伝で決まる」ので、良い親に当たって良い資質を受け継ぎ、高学歴や、賢さを得て資産を増やし、そうでないと代々貧しくなると。
・上級国民と下級国民の定義はこうなる。
・知識社会・評判社会において「自分らしく生きる」という特権を享受できる人たちを「上級国民」
・「自分らしく生きるべきだ」という社会からの強い圧力を受けながら、そうできない人たちを「下級国民」

あとがきでは、
「あなたが今の生活に満足しているとしたら素晴らしいことだが、その幸運は自分らしく生きる特権を奪われた人達の犠牲の上に成り立っている。
人々が自分らしく生きたいと思い、バラバラになっていけば、あちこちで利害が衝突し、社会はとてつもなく複雑になっていく。
これによって政治は渋滞し、利害調整で行政システムが巨大化し、人々を抑圧する。
リベラルを自称する人たちには受け入れがたいだろうが、リベラル化が引き起こした問題をリベラルな政策によって解決することはできない。
全ての不都合な事実は、リベラルな社会を目指せば目指すほど、生きづらさが増していくことを示している」
「なるほど、資本主義に変わる世界が現れたとしても、今より良いとは言えないし、先のことはわからないが、今の社会を変えられるとすれば、才能あるものが才能を生かして、新しいものを創造していくしかないようだ」
今更ながら、私にもあったら良かった知能,容貌、運動、記憶力、集中力、、、平等と公平は難しいのだ。

 いやし 〈医療〉時代小説傑作選 細谷正充 編 
         PHP 文庫  790円 2011年8月19日
医療について考えない日はなかったこの1年半、江戸時代の 医者と患者 を通して、 人の生き死に、愛情、 憎しみ、 友情、 様々なことが盛りだくさんに読める 一冊だった。
5人のストーリーテラーの 作品は 読みやすく、 読了後 女人が生きるには 理不尽な 世の中で、たくましく自分を見つめて生きていく強さを思った。

藪医 ふらここ堂 朝井まかて 
   連作「藪医 ふらここ堂」第一話
小児科医の 天野三哲。 庭のやまももの木に下げたブランコが揺れている。 寝坊で酒飲みで 患者を 慰めたりせず、より好みをする。「 藪のふらここ堂」と呼ばれている。往診した大店の一人娘の荒療治中に、嫁、姑の関係性に気づき、嫁に活を入れる。

春の夢 あさのあつこ
   連作「闇医者おゑん秘録帖 」シリーズ第一作
呉服問屋駒形屋の 女中お春は、口うるさい大旦那の見取りを3年 真面目に行い、最後は感謝されるほど 誠実な娘。口のうまい不実な若旦那の総介と 恋仲になり身籠るが 、宗介には 大店の娘との婚礼が 控えている。子供をおろすように言われたお春はおゑんのところに行く。 おはるが 辛い 環境から 立ち直る話。出産、堕胎、養子縁組の斡旋、また、お春に助言する おゑんの、静かな決意がすがすがしい。

菊姫様奇譚 和田はつ子 「口中医桂助 事件帖」 シリーズ第1篇「手鞠花おゆう」所収
このシリーズは現在 16巻で完結しているが 、アメリカで学んだ桂助が明治の東京で活躍するシリーズが新たに始まっている。
萩島藩の行き遅れの娘 桃姫は、世間知らずで、顔がちょっといいだけの、下賤な博打打ちの菊吾に騙されてしまう。桂助と友人の鋼次、幼馴染の志保との活躍で桃姫は求められていた縁談で嫁いでいく。

仇持ち   知野みさき 書き下ろし
深川佐賀町の医者 ・栗山千歳 、千歳の助手で片腕の佐助12歳、浪人剣士の清水柊太郎の 3人が メイン。計画的に川に飛び込み千歳に助けてもらった 上、助手として 入った 石川鈴凛。凛は 元津藩の武家の娘だったが、 父も兄も母も 亡くなり苦界に落ちたが、 父を陥れた仇として、山口という敵を追っている。 波乱万丈の 年月を経て、凛がどうやって敵を打つのか 読みながら応援してしまう。
栗山千歳も、医師として救えなかった者もいた。今はその身内から逆恨みされ、 仇と狙われ、時々襲われている。仇討ちという思いの複雑さと、許すことの難しさを感じる。

寿の毒 宮部みゆき  「回向院の茂七」シリーズの1篇。「初ものがたり」所収
七草の日に起きた 毒殺事件に駆けつける岡っ引きの茂七、手下は権三と糸吉。場所は、蝋問屋 藤家のご隠居の還暦祝いの席、料理屋「堀仙」。殺されたのは、藤家の 息子の彦介の嫁だったが、姑との折り合いが悪く離縁されて、 小間物屋「いろは屋」の後妻だった。
彦介に未練のあったおきち,その心が若い医師、安川に向かう。安川もまた、火事で家族を亡くし、失意から立ち直りつつあったが、おきちからのアプローチに困惑するがどうしていいかわからなかった。


nhkテキスト100分で名著  群集心理 ル・ボン  
          ライター武田砂鉄  600円 2021年9月
「群集心理」昔、心理学で受講したことがあるけれど その時はピンと来ていなかった 自分と群衆 について。
ル・ボンの本を読むのは難しそうなので、入門として、ラジオを聞くことにした。
1895年に書かれ社会心理学の嚆矢と言われる書。ヒットラーもこの心理を利用したという。
武田氏は、
2021年1月に起きたアメリカ連邦議会議事堂襲撃事件も、「群集心理」を思い起こさずにはいられない事件でした。
ル・ボンは、群集は暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じる性質を持つと述べています。
あるいは、群衆は「暗示された意見や思想や信仰」を「絶対的な真理」か「絶対的な誤謬」とみなす、とも。
武田氏も「 あの日アメリカ連邦議会議事堂に突入した群衆は荒唐無稽な陰謀論を信じ込んでいたわけで、まさにそうした性格を備えていたと言えます」
と、前書きで書いています。
目次に従うと 、群衆心理のメカニズム、「単純化」が社会を覆う、操られる群集心理、群衆心理の暴走は止められるか 、と続きます。

では教育は群集化を防ぐ 砦となりうるか 、というと、
「ただ教科書の内容を鵜呑みにするだけで決して自分の判断力や相違を働かせないのである。
青年にとって教育とは暗唱と服従とを意味する」
なるほど私の受けてきた教育も孫達の受けている教育も 同じですね。

私たち一人一人が 自分で考え、数の多い方に迎合しないように、わかりやすいキャッチフレーズに飛びつかないように、
群衆化していないかと、 いつも自分に問いかけないといけない。
たとえ高度な教育を受けたものでも 簡単に群衆化してしまうのだということを忘れずに。
忖度や一時の憂さ晴らし、いつでも私達は、実はそんなつもりではなかったのに、、といいながら、同調圧力に負けている気がするけど。

小説シライサン  乙一 角川文庫 640円  
     令和元年11月25日発行 令和3年4月30日7版発行
その名を聞いたら死ぬ、という恐怖のお話。スリル盛りだくさん。花子さんや画面から這い出してくる恐怖と同じ、得体のしれない怖さが、後ろからせまってくるよう。
とにかくほんとうにありそうで、まさか、これは小説だから、と心で打ち消しながら読み続けるありさま。こわいこわい。

money 清水義範 740円 徳間文庫 2021年 9月13日
『国語入試問題必勝法』『永遠のジャック&ベティ』を読んだとき、すっかり引き込まれました。この作家のとんでもなさに魅了されて以来、『昭和御前試合』『グローイング・ダウン』『蕎麦ときしめん』『深夜の弁明』『アキレスと亀』『イエスタデイ』読んでも読んでも絶えないおもしろさでした。
本作は、14年前に出たものですが、気分も新たに読み、あらかた忘れていたことに汗;
目次には、 東隆文の窃盗860万円、的場大悟の無限連鎖講6700円、重松衣子の万引き3480円、桜田ナオの援助交際5万円、ミスター X の誘拐280万円、轟正嗣の借金546万円、森本鉄太のおれおれ詐欺1万円、東隆文の強盗1040万円、と並ぶ。確かにお金に絡む犯罪ばかりですが、いろいろな事情が切ないし、誰もがこの格差社会で思い当たることばかり。実際に犯罪行為をするのはごく一部の人ですが、昨今の政府があまりにも国民を大事にしないのでもっと日本が荒んでいくのかと心配になります。

五郎治殿御始末 浅田次郎 新潮文庫 438円 平成21年5月1日
西向く士、とは暦の小の月の覚え方ですが、それを巡る顛末など、武士の生き方の真っ直ぐで愚直で、いつもの義理と人情で泣かせる浅田節に惹かれます。

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